【東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校:斉藤陽介】地域を応援したい

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本コーナーでは、現役のサッカー・フットサル指導者にインタビューして、各指導者が持つ理念や独自のメソッドを紹介してもらいます。

日本には8000チーム以上の少年サッカーチームやスクールがあると言われています。更に、それと同等以上の数でサッカーの指導者が存在します。しかし、そういった指導者の実態は、各チームに所属してみないと分からないのが現状です。

そこで、マイボ!編集局がインタビューし、彼らの指導を明らかにしていきたいと思います。これにより、少年少女達のチーム選びや、日本のサッカー育成に貢献することが目的です。

今回は、東京都江戸川区にある東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校の斉藤陽介代表にインタビューさせて頂きました。

東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校:斉藤 陽介 代表

ヴェルディ川崎のジュニアユースに入団。高円宮杯優勝などの輝かしい実績を残す。その後、同ユースチームへ上がるがそこで壁に当たり、一念発起でイタリア・セリエAのユベントスへサッカー留学を実行。そして、日本に一旦帰国した後に、再びイタリアのトリノでサッカーをプレー。試合に出場できるようになるも、この頃から選手としてのキャリアに見切りをつけ始める。その後、ブラジル、ドイツ、アメリカと渡り、帰国後は、社会人チームに所属する傍ら、様々なことに挑戦。大きな挫折を乗り越えて、ボネーラフットサルフィールドの代表に就任。現在は、地域の人々を「応援」することを大切にして、日々奮闘中。

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サッカーブームの中心でサッカーを学んだジュニア時代

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Q.サッカーを始めたのはいつからですか?

小学校1年生から始めました。最初は、地元にサッカーチームがなかったので、両親に車で連れて行ってもらう形で、通っていました。そして、小学4年生の終わりに、私の父親が地元神奈川県川崎市でサッカーチーム作ったので、そこに通うようになりました。最初は、全学年で12人の小さなチーム(以下、FC中原)からのスタートでした。そのチームが、急激に強化されていき、私が6年生の時には市で優勝できるほどになりました。更に、同じタイミングでJリーグが開幕しました。私が住んでいた場所は等々力競技場の目の前だったので、地域的にサッカー人口が急増して、FC中原は創立から2年経たずして120人のチームになりました。このように、時期的にも地域的にもJリーグブーム・サッカーブームの真っ只中で、サッカーを学んでいました。ちなみに、FC中原は今も活動していて、Jリーガーも数名輩出するほどのチームになりました。

Q.中学校からはどのようにサッカーと関わりましたか?

ヴェルディ川崎のジュニアユースでプレーしました。当時の子供は、サッカーをやっていなかった子供までサッカー選手になりたいというような時代でしたし、Jリーグ開幕時のヴェルディ川崎は人気チームだったので、セレクションには何百人と本当に多くの選手が集まっていました。そんな中で、セレクションに合格できたのは幸運でした。

Q.小学校時代のサッカーとヴェルディ川崎のサッカーはどのような違いがありましたか?

これまでは川崎市で優勝を目指していたレベルから、急に日本一を目指すチームですから、大きなギャップがありましたね。同期の選手が、今でも何人もJリーガーとしてプレーしていることを考えると、凄い環境だったなと思います。それだけギャップがある環境ですから、入団当初はついていけなかったです。例えば、ボール回しをしても、簡単に股抜きを何度もされるような始末でした。今もJリーグでプレーしている友人の相馬崇人(現ヴィッセル神戸・元日本代表)と一緒に隅っこの方にいましたよ(笑)当時は、ヴェルディ川崎のジュニアからあがってきた選手は頭一つ抜けていたので、私達のように外部から来た選手は大変でしたね。

ヴェルディ川崎でのジュニアユース・ユース時代

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Qヴェルディ川崎のジュニアユースでは、いつ頃から試合に出られるようになりましたか?

1年生の夏には同学年の試合には出られるようになりました。しかし、中には年代別日本代表に選ばれるような選手もいて、彼らは1年生にして3年生の試合に出ていたので、上には上がいました。当時は、私が先にBチームに昇格し相馬はCチームだったにも関わらず、後に相馬は日本代表ですからね。今思えば中学時代の序列なんて、将来の序列とはあまり関係性がなかったなと思いますね。当時のヴェルディ川崎ジュニアユースは強くて、実績としては、中学1年生と3年生の時に高円宮杯で優勝しました。

Q.大半の選手がそのまま、ユースにあがったのでしょうか?

高校サッカーとヴェルディ川崎ユースの二択で割れましたね。代によっては、高校サッカーを選ぶ人が多いこともありました。

Q.下部組織と部活では、どちらがキャリアとして成功者が多いですか?

これは本当に一概に言えないですね。ユースからスムーズにトップチームに上がる選手もいれば、ユースでは通用しなくて高校サッカーに進み、そのままプロにスカウトされる選手もいます。成長する環境やタイミングで、本当に大きく未来は変わるということを、周りを見ていて強く感じました。私は自分が選んだキャリアに後悔していませんが、高校サッカーや違うJリーグチームの下部組織を選んでいたら、また違った人生になっていたんだろうなと思います。

Q.やはり、ユースになってくると周りの成長も凄まじいのでしょうか?

そうですね。私もジュニアユースではスタメンで出るときもありましたが、調子が悪い時などは出られない時も何度もありました。ユースになると、更に試合に出るのが難しくなりましたね。その頃から、このままヴェルディ川崎のジュニアユースにいても、当時の実力ではプロにはなれないなと思うようになりました。ちなみに、小学校時代FWだった相馬崇人は、監督からのポジション変更を余儀なくされましたが、地道な努力をずっと続けていて、この頃には左サイドバックとして花が開き始めていました。やはり、人並みはずれた努力を続けてきた選手が、この頃から大きく伸びてきていましたね。

一念発起で挑戦したイタリアのユベトスへの留学

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Q.ユースで壁にぶつかった時、どのような対応をとったのでしょうか?

高校を休学して、イタリア・セリエAのユベントスにサッカー留学へ行きました。留学を決めた理由は、このままでは駄目だから何か人と違うことをやろうと思ったことです。当時、高校生でサッカー留学へ行く人は多くなかったのですが、たまたまユベントスで出会ったのがザッケローニ元日本代表監督の通訳を務めていた矢野大輔さんです。矢野さんは、ユベントスでサッカー選手を目指しながら、当時から通訳のキャリアも見据えていました。その視野の広さに感銘を受けて、私もサッカーを続けながら、他に道はないのかと考えるようになりました。その頃から、サッカーの指導者はキャリアとして良いなと思うようになってきました。留学後も矢野さんと連絡をとらせて頂き、ザッケローニ監督の通訳になったと聞いた時は本当に驚きましたね。

Q.ユベントスへの留学後は、どのようなキャリアを積みましたか?

日本に帰国した後は、社会人チームをいくつか回りました。当時から、少し自分のキャリアに悩んではいたのですが、もう一度チャンスを掴もうと、イタリアのトリノへ再度チャレンジしました。そこでは、試合に出られることもありましたが、私の中ではプロのサッカー選手として続けていくことに見切りをつけ始めていました。

Q.イタリアからの帰国後は、どのようにされたのでしょうか?

選手としては社会人チームで続ける程度にし、徐々に指導者のキャリアを積み始めました。父親が創設したFC中原で指導者をやったり、母校のサッカー部でコーチをしたりしていました。

挫折の中で見出した大切なこと

Q.その後、今の東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校を作られたのでしょうか?

実は、現スクールを設立する前に色んなことがありました。全ては将来的にサッカーの指導者になるための勉強だと思って、様々なことに挑戦しました。体のケアを学ぶためにスポーツジムのインストラクターをやったり、マッサージの仕事をやったり、Jリーグチームと提携してスポーツバーを経営したり、相馬崇人が創設した「そうまハウス」の立ち上げを手伝ったりしました。その後に、フットサル施設を作るという話が持ち上がり、私が中心となって、その企画を取りまとめていました。

Q.なるほど。それが今の東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校なんですね?

実はそうではないのです。そのフットサル施設を作るという構想も、実現直前にして立ち消えになってしまいました。完全にゼロになったものですから、当時の絶望感は半端ではなかったです。その後は、敢えてこれまでとは違う道を進んでみようと思って、家電量販店の営業なんかもやっていました。余談ですが、その家電量販店の営業では、全国で1位を入社してから半年間取り続けていました(笑)この経験は、一見してサッカーと関係ないものですが、後に大きな意味を持っていることに気づきました。

Q.どのような意味で、後の役に立ったのでしょうか?

まず、「頑張れば何でも出来る」と思えたことです。これまで、サッカーに関わることをやり続けてきて、それこそ得意なことをやってきたようなところがありました。しかし、サッカーとは全く関係ない経験を積み、そこで結果を出すことができたので、これなら何でも出来るという自信に繋がりました。また、これまで会うことが出来ない人とも会えたのは大きいですね。色々な形で生活をしている方々がいて、中には社会的に弱い立場にいる人たちもいました。この人たちは居場所が無いのだなと。もし、私が何かしてあげられるとすれば、頑張っている彼らを「応援」できるような場所を作りたいと思うようになりました。

地域全体を応援するような総合施設へ

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Q.なるほど。それが今の東京ヴェルディ公認サッカースクール江戸川校のコンセプトになっているのですね。

そうなんです。立ち消えになったフットサル施設構想の時に、知り合った方から声を掛けて頂いたのが転機になりました。当時の私の姿を見て、ありがたいことに協力したいと思ってくれていたそうです。そして、トントン拍子で話が進み、フットサル場(ボネーラフットサルフィールド)の代表を任されるようになりました。そして、いざスクールを立ち上げる時に、人を選ばずに誰でも気軽に足を運べる場所という想いを形にしようと思いました。

Q.具体的にはどのような取り組みをされていますか?

私がやりたいことを一言で伝えるなら「応援」です。そのため、出会った縁を大切にしています。ビジネスとして、有料で利用して頂くだけでなく、困っていることがあれば無償で相談にも乗りますし、子供がフリーで遊べる時間帯を作ったりしています。特に都内に住む子供達にとって、ボールを思いっきり蹴れる場所は貴重なのです。そのため、そういった子供達が気軽に寄れる居場所を提供したいという思いは強いです。

Q.指導する時に、大事にしていることはありますか?

やはり、人として成長することですね。特に個性は大切にしたいです。日本のサッカー選手の中にも、集団に馴染めないほどの個性を放っていた選手が、後に大成することは良くあります。これは、私がヴェルディ川崎で経験したことからも、実感としてあります。そのため、子供達の個性を潰すようなことはしたくないですね。周りから見たら少し変な行動であっても、それを個性として認めてあげることは凄く大切なのかなと思います。

Q.将来的にはどのようなことを実現したいですか?

これもやはり「応援」がキーワードです。人を選ばずに誰でも気軽に利用できる施設を目指します。そのためには、フットサル施設だけでは不十分だと思っています。例えば、託児所を完備していて、子供を預けてそのまま仕事にいき、預かってる子供にも学ぶ時間になるような施設にしたいです。そうした総合的な施設にすることで、結果的に地域全体を「応援」できるような施設になるのかなと思います。


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