【フェリースFC:塙俊】水戸にもっとサッカーを根付かせたい

【フェリースFC:塙俊】水戸にもっとサッカーを根付かせたい

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本コーナーでは、現役のサッカー指導者にインタビューして、各指導者が持つ理念や独自のメソッドを紹介してもらいます。

日本は8000チームほどの少年サッカーチームがあると言われています。更に、それと同等以上の数でサッカー指導者が存在します。しかし、そういった指導者の実態は、各サッカーチームに所属してみないと分からないのが現状です。

そこで、マイボ!編集局がインタビューし、彼らのサッカー指導を明らかにしていきたいと思います。これにより、サッカー少年少女達のチーム選びや、日本のサッカー育成に貢献することが目的です。

今回は、茨城県水戸市にあるフェリースフットボールクラブの塙俊監督にインタビューさせて頂きました。

フェリースフットボールクラブ:塙 俊 監督

少年団でサッカーを始め、小学校5年生からはトレセンでも活躍。小学校6年生ではドイツ留学を経験。中学校進学時に鹿島アントラーズと柏レイソルに内定するも、サッカー部での活動を選択する。監督不在の中、選手権監督として茨城県の強豪チームに押し上げる。高校は水戸短期大学附属高学(現、啓明高校)に進学するも、怪我により3年生のサッカー生活を棒に振る。その後、サラリーマンを続けながら、フランスやオランダのアヤックスでコーチングを学ぶ。地元の少年団を茨城県2位に押し上げた後、フットサル施設の運営を経て、フェリースFCを創設。初年度にして県大会出場を成し遂げる。

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トップレベルサッカー選手にして選手兼監督と怪我を経験

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Q.いつからサッカーを始めましたか?

小学校1年生から少年団でサッカーを始めました。当時は、ボールを前に蹴りだしてどうにかするというサッカーをやっていました。しかし、6年生からは上位のトレセン(今でいう関東ナショナルトレセン)に入ることができ、そこでは本格的なサッカーを学ぶことが出来ました。また、ドイツ留学にも行かせてもらえ、現地で一日中サッカーをやる中でドイツサッカーを学ぶ経験をしました。これらの経験を元に、自分のサッカーを顧みると、ボールが持てないことを欠点だと気づくようになりました。そこで、所属の少年団とは別に、ボールを扱うことに長けたチームを見つけ、そこの練習に参加させてもらうようになりました。こうして、サッカーの技術は徐々に高くなり、中学校に進学する前に、柏レイソルと鹿島アントラーズのセレクションを受けました。結果的には両方から内定を頂くことが出来ました。通うのに時間がかかり過ぎるので入団はしませんでしたが、県内ではトップクラスの選手にはなれていたかなと思います。

Q.中学からはどのようにサッカーをやられていましたか?

中学では部活動でサッカーに関わりました。というのも、所属していた少年団の選手達も、大変上手な選手が多く、茨城県でも1位や2位になるようなチームでした。彼らと一緒にサッカー部でやれるのであれば、ハイレベルなサッカーをやれると思ったのです。ただ、問題として監督不在のチームでした。そのため、私が県のトレセンで学んだトレーニングなどを、チームに還元していきました。こうして、実質的には監督のような位置づけでサッカーと深く関わっていきました。サッカーのスタイルは、綺麗なパスサッカーでした。それこそ、6歳の頃から一緒にやってきたような仲間なので、意思の疎通はかなり高いレベルで実現出来ていました。一方、ボールを繋ぐことに長けてはいたものの、ボールを持つのはあまり得意ではなかったですね。とは言え、県内では強豪チームになったので、11人全員がトレセンに入るほどのチームでした。

Q.高校からはどのような進路を選びましたか?

水戸短期大学附属高学(現、啓明高校)に進学しました。部員が100人いるチームで、茨城県では強豪チームに入ります。同じポジションの先輩にも東京ヴェルディ出身や横浜マリノス出身の選手がいた関係で、2年生まで試合に出るのは難しかったですね。そして、肝心のチームのスタイルは繋ぐスタイルとは反対のものでした。そういった意味でも、チームに完全にフィットするところまではいきませんでした。そのため、試合に出ることよりも、非常にレベルの高いミニゲームの方がおもしろいと思っていたほどです。そして、3年生からは試合に出るチャンスが巡ってきたのですが、腰の骨を折ってしまい、結局試合に出ることは出来ないまま高校を卒業することになりました。

サラリーマンを続けながらサッカー・フットサルの世界へ

Q.高校卒業後の進路はどのようなものでしょうか?

普通にサラリーマンをやっていました。とは言っても、サッカーから完全に離れることは出来ず、土日だけ自分が所属していたチームの少年団でコーチをやっていました。その少年団は未だにボールを前に蹴り出すようなスタイルだったので、チーム改革を試みました。しかし、その少年団に染みついていたのは、これまで長年培われてきたものなので、若輩者の私が覆すことも出来ず、周囲の反対により完全に変えることは出来ませんでした。それでも、茨城県では2位まで進むことができ、卒業生はマルバで全国優勝に貢献、ドイツリーグで活躍するなどの実績は残せました。

Q.少年団のコーチはいつまで続けたのでしょうか?

5年間やりました。辞めた理由は、やはり自分の理想とするサッカーを実現出来なかったからです。ある時、選手の保護者から呼ばれて、叱責されたことがありました。その理由は、少年団で教えているサッカーが原因で、選手の成長が阻害されているというものです。具体的には、その選手は少年団を経て鹿島アントラーズの下部組織に入団しました。しかし、ボールを持つことを少年団で教えていなかったため、その鹿島アントラーズの下部組織で大きな挫折を味わったというものです。私が理想とするサッカーを実現出来なかったが故に、苦しむ選手がいることを知り、このチームを離れることを決意しました。

Q.その後はどのようなアクションを起こしましたか?

サラリーマンを続けながら、サッカーの個人戦術を学ぶ必要があると考え、フットサルを始めました。同時期に、フットサルチームが創設されるという話を聞き、そこで創設メンバーとして加わりました。そこでは、関東リーグまでいくことができました。これらの経験でフットサルの魅力を知り、フットサルの指導者ライセンスも取得しました。

Q.サラリーマンを辞めた理由はどのような時でしたか?

フットサルに関わる中で、世間的にもフットサルがブームになりました。その波に乗る形で、フットサルの施設を作るという話があり、それに誘われたのです。そこに関わることを決意するタイミングで、サラリーマンを辞めました。

自チームの立ち上げそして道場破り

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Q.自分のチームを作ったのはどのタイミングですか?

フットサル施設が売却され、次の進路を考える時期が訪れました。そして、次は何をやるかなと考えていた時に、やはり自分の理想とするサッカーを実現したいと思うようになりました。そのためには、自分でチームを作る必要があります。そこで作ったチームが、今のフェリースFCです。

Q.やはりボールを持つスタイルが中心ですか?

もちろん、それは取り入れていますが、そこに固執せずに様々なエッセンスを取り入れるようにしています。エッセンスを取り入れるために、様々な方法で情報を入手するのはもちろん、他のチームを見学させて頂き、そこから学べることは吸収するようにしています。

Q.かなりアクティブに行動されているんですね!

そうですね。見に行くだけではなく、一緒に練習をさせてもらうこともしています。練習試合という方法もあるのですが、練習から学ぶことも大変多いので、そのためにはどんな遠路でも足を運びます。その他、選手を紹介するために、青森まで足を運んだこともありますし、神戸の有名なチームまで単身で行ったこともあります。ほとんど道場破りのような感じで、日本全国のチームにお邪魔させて頂いています。それらの経験で学んだことや得たことを、自分のフィルターを通すことで、今のフェリースFCに繋がってきています。

Q.ボールを持つことに拘っていないのは意外でした。

ボールを持つことは大切ですが、それにより失うこともあると思っています。だからこそ、その他にも様々なエッセンスを取り入れて、補完していく必要があると思っています。取り入れたエッセンスの例としては、「足育」というものがあります。チームを強化していると、足が痛いという子供が出てくることがあります。そうなると、チームを強化したいのに、逆説的に弱体化してしまうのです。足で地面を掴ませる「足育」を行うことで、足が痛いと言う子がいなくなりました。何故「足育」を適応する必要があるのかを、医学的にも理解した上で実践しました。このように様々なエッセンスを複合して取り入れることで、理想的なサッカーを実現しようと試みています。

Q.そういった研究熱心さは素晴らしいですね。

私は、ポテンシャルが高い子供を受け持った経験が少ないです。そのため、どうやったら強化できるのかを、常に探求する必要があったのです。これがもし、ポテンシャルが非常に高い選手ばかりだったら、このようにはならなかったかもしれませんね。

積極的に育成に必要な要素を取り込む

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Q.今後はどういったことを研究していこうと思っていますか?

思考について考えていこうかなと思っています。そのように思うきっかけは、地方の子供に「自立」が欠けていると思ったからです。都心の子供達はサッカークラブに通う中で、電車に乗ったりバスに乗ったりできるようになりますが、地方では送り迎えが一般的です。そのため、どうしても何も考えずに暮らしていけてしまうのです。技術レベルでは同等でも、選手として「自立」しているかどうかは今後大きな差になっていくのかなと考えています。そのためのトレーニングとして「オランダ教育」を取り入れようと思っています。これは、論理性を鍛えるといったものや自立を促すことが中心なので、思考のトレーニングには効果的なのかなと思っています。しかし、継続して実施するかは分かりません。これまでも、多くのトレーニングを取り入れてきましたが、水戸にいる子供にあったトレーニングではないと判断したらすぐに止めます。このように、トライ&エラーを繰り返すことで、より良いものが残っていければ良いなと思っています。

Q.その他に教育上で問題だと思っていることなどありますか?

サッカーを好きになり、興味を持ってもらうことは課題です。例えば、水戸には水戸ホーリーホックがあります。すぐ近くにスタジアムもあるので、簡単にサッカーを見に行けるのです。しかし、水戸の子供達はあまり行きません。一方で、千葉県のチームを見に行かせてもらった時、練習の合間にサッカーの雑誌を読んでいますし、柏レイソルやジェフユナイテッド千葉の試合を見に行っているのです。この差は大きいですね。質の高いサッカーを見ることで、子供達の性は大きく育ちます。それが、フェリースFCだけでなく今の水戸には未だ無いのです。

Q.サッカーが根付いているかどうかは地域によって格差が大きいのですね

そうですね。水戸はまだまだこれからだと思います。子供達と話していても、「水泳」「英語」「塾」などと並んで、「サッカー」と挙げる子が多いです。時代の流れなので仕方ない部分はありますが、サッカーはまだそこまでの存在なのです。私が小学生の時は本当にサッカーが自分の中心でした。実際にあった話として、サッカーの公式大会とかるた大会の決勝を比べて悩んでいる子もいました(笑)子供によって価値観は違うので判断は本人に任せましたが、やはり寂しさのようなものはありますね。

Q.茨城県全体がそういった感じなのでしょうか?

そんなことはないです。鹿島アントラーズがある鹿島近辺はサッカーがしっかりと根付いていますね。加えて、最近ではつくばFCがある筑波近辺も盛り上がってきています。水戸はそういった地域と比べると、まだまだ発展途上なのです。日本各地を周った経験から、サッカーが地域に根付いている地域は本当に凄いです。子供達を見るだけで、もう純朴にサッカーしかしていませんということが伝わりますから。そういった地域の子に、根付いていない地域の子が勝つのは大変難しいことだと思います。

Q.やはり選手を強化して、強豪チームに育てたい思いはあるのでしょうか?

強豪チームにしたい気持ちはありますが、そのために上手い選手ばかりを獲得するようなことはするつもりはありません。能力が高くない選手であっても、先に伝えたような多種多様なトレーニングを取り入れて、育成したいと思います。それとは別に力を入れたいのは、やはり「思考のトレーニング」ですね。うちの選手にも、ボールを持たせたら見たこともないようなドリブルが出来る子もいるのです。しかし、本人のタイプ的に試合にはどうしてもフィットしない。そのため、宝の持ち腐れのようになっている選手がいます。こういった選手は、考え方など思考に関わる部分を育成出来れば、これから大きく成長する可能性は充分にあると思っています。

Q.なるほど。指導者から一方的に押し付けずに、自由にやらせるスタイルなんですね。

基本的に、私からサッカーを押し付けるようなことはしないですね。子供には、それぞれ独特の個性があるので、それをいかに伸ばしていくかを考えています。仮に、ジュニア世代で開花しなくても、ジュニアユース以降で開花してくれたらいいなと思っています。こういった考えの根底には、私自身が選手経験において、選手兼監督で「自分で考えるサッカー」をやってきたので、指導者からの押し付けが良くないと考えています。

フェリースFCの目標と個人の目標

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Q.フェリースFCとしての目標はありますか?

まだ創設して1年経っていないのでまだまだこれからですが、茨城県民としては鹿島アントラーズに勝てるようなチームを作りたいと思っています。ただし、勝つためのサッカーをやるのではなく、あくまでも今のフェリースFCのサッカーをやって勝ちたいと思っています。

Q.今後の飛躍が楽しみです

ありがとうございます。ただ、水戸におけるスタンダードなチームにはなれないと思います。今の少年サッカーは、指導者や保護者が自己満足のために、子供を使って「勝ちたい」と思っているところがどうしてもあります。一例として、流行りの「フリーズコーチング」と呼ばれるものがあるのですが、これは練習中に一旦止めて指導を行うというものです。これをやると、指導している内容が明確に子供達に残るので、「習い事」をしに来ている子供や親には人気があるのです。一方、フェリースFCでは、子供主体で練習も試合も行うので、傍目から見たら「何をしているの?」と思われることもあります。しかし、私は「自立」をテーマにしているので、こういったスタイルは貫いていきたいなと思っています。

Q.鹿島アントラーズに勝つという目標の先には何を見ていますか?

理想としては、水戸にもっとサッカーを根付かせたいと思っています。これは大変大きな壁があることは分かっていますが、いずれは近所のおじいちゃんおばあちゃんがリフティングしているような地域にしたいですね。そうすれば、親のサッカーを見る目も育ちますし、結果として水戸全体のサッカーのレベルが上がると思います。実際、今でも近辺でサッカーコーチのレンタルも始まりました。サッカークラブが増えていく中で、お互いににらみ合っても仕方ないと思います。お互いに協力して、地域のサッカー盛り上げていく関係が必要になると考えています。また、地域には著名な指導者が創設したクラブがあり、そこは海外サッカーの戦術やトレーニングをとり入れています。しかし、その方の講演を聞くためには、クラブに入会しないといけなかったのです。そのような閉鎖的なやり方では、全体の底上げにならないので、その方に頼み込んでオープンにしてもらいました。こういった取り組みを続けることで、近辺のサッカークラブが手を取り合って地域を盛り上げて、いつしか水戸にサッカーが文化として根付いてほしいと思っています。

Q.塙さんの視点の高さは素晴らしいですね

こういった考えになったのも、「子供が自立するためには」がテーマだからですね。子供が上手くならない原因がクラブに求められることが良くあります。もちろん、一端はクラブにあると思いますが、もっと重要なのは保護者であり地域です。そこが良くならないと、子供達はいつまでも自立してサッカーに取り組めないのです。だからこそ、自分のチームだけの事を考えていても、子供のためにはならないと実感しています。子供に関わる「地域」「保護者」「指導者」全員で教育できる体制を目指したいですね。

Q.塙さんの個人の目標を教えてください

「人間教育」に拘っていきたいですね。結局、サッカーだけをやっていても、人は成長しないと思います。フェリースFCでは農業活動や『サッカーをしないキャンプ』、2週間の合宿なんかも企画しています。これは、親から子供を離して、親のいない環境でどれだけやれるかを試すものです。そういった経験で培った「タフ」さは、その子の「自立」において大いに役に立つのかなと思います。

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