【すみだサッカークラブ:川口竜太ヘッドコーチ】被災地で見えたやるべきこと

【すみだサッカークラブ:川口竜太ヘッドコーチ】被災地で見えたやるべきこと

このエントリーをはてなブックマークに追加
Large rectangle 1455686650 %e7%b8%ae%e5%b0%8f2

本コーナーでは、現役のサッカー指導者にインタビューして、各指導者が持つ理念や独自のメソッドを紹介してもらいます。

日本は8000チームほどの少年サッカーチームがあると言われています。更に、それと同等以上の数でサッカー指導者が存在します。しかし、そういった指導者の実態は、各サッカーチームに所属してみないと分からないのが現状です。

そこで、マイボ!編集局がインタビューし、彼らのサッカー指導を明らかにしていきたいと思います。これにより、サッカー少年少女達のチーム選びや、日本のサッカー育成に貢献することが目的です。

今回は、すみだサッカークラブの川口竜太ヘッドコーチにインタビューさせて頂きました。

すみだサッカークラブ:川口 竜太 ヘッドコーチ

小学生からサッカーを始め、高校のサッカー部では1年生からレギュラーとして活躍。大学でもサッカー部に入部するが、大怪我により大学時代の大半は選手としてプレーできなかった。大学卒業後は、体育教師として採用されるが、東日本大震災の復興支援活動で人生観を変えられる経験と出会う。そこからは、一転してサッカーの指導者としての道を進み、その手腕も買われてすみだサッカークラブのヘッドコーチに就任。

★すみだサッカークラブ★の紹介ページへ

中田英寿に憧れてとんがっていた少年時代

Q.何歳からサッカーを始めましたか?

3年生の頃からサッカーを始めました。当時は6年生の頃にチームへ所属しましたが、そこまで本格的にサッカーを取り組んでいたわけではありませんでした。そして、中学時代から本格的にサッカーをやり始め、部活とクラブチームの両方に所属していました。

Q.当時、チームの中ではどのようなタイプの選手でしたか?

わがままなタイプでした(笑)中田英寿さんに憧れていたこともあり、とんがったタイプの人間でした。もしかしたら、自分が好きだったのかもしれないですね(笑)そのため、チームの中では比較的に浮いた存在で、「あいつとは合わないな」と思われるような選手でした。当時、周りの中学生は遊びたい盛りで、練習後にどこかへ出かけたり、ゲームをしたりしていました。しかし、私はそういったものに興味が湧かず、チームの練習後も一人で練習していました。私にとって、チームで練習する事と、公園で一人の自主練をすることも全く同じものだったのです。それほど、サッカーをすることが大好きでした。

「上手くなりたい」の一心だった中高サッカー部

Semilarge rectangle 1455691463 %e7%b8%ae%e5%b0%8f3

Q.中学以前の選手時代に何か実績など残しましたか?

都大会に出場したり、大会の上位入賞したりするなどの実績はありますが、正直なところあまり覚えていないです(笑)というのも、私は先ほどお伝えしたようにわがままなタイプの選手で、尚且つFWだったので、自分が結果を残せるか否かが大切でした。仮にチームが好成績を出しても、自分が活躍出来なければ意味が無いと思うようなタイプでした。そのため、「勝ちたい」より「上手くなりたい」という気持ちが上回っていました。

Q.高校以降はどのようにサッカーと関わりましたか?

東京23区内で最もグランドが広いと言われる高校に進学しました。その高校選んだ理由も、やはり自主練を存分にやれそうだと思ったのが理由ですね(笑)チームの中では、これまで同様に浮いていましたが、幸いにも1年生の後半からレギュラーで起用してもらえましたね。試合では使ってもらえたものの、相変わらずわがままなタイプなので、チームの練習よりも自主練の方が好きでした。自分で練習を考えながら取り組むのは非常に楽しかったです。チームでの練習中も「こんな練習するより自分で考えた方が上手くなるな」と感じるほど上手くなりたいと思っていました(笑)

大怪我で選手生活を棒に振りそのまま就職へ

Semilarge rectangle 1455691463 %e7%b8%ae%e5%b0%8f1

Q.浮いた存在だということを自覚されていたのもおもしろいですね。

そうですね。自分がどのように思われているのかは、客観視することで分かっていました。それこそ周りに迎合すればうまくやることは出来たのでしょうけど、「それでいいのか?」と自問自答していましたね。周囲と比較して「劣っているor勝っている」という価値観に振り回されたくなかったのです。周囲が何と言おうがそれに左右されずに、自分が何をどの様にしたいかを熟慮して行動しました。最終的には、高校でも自分を貫くという行動をとり続けました。わがままな姿を「自分らしさ」と考えて振舞っていたところがありますね。

Q.大学ではどのようにサッカーを取り組みましたか?

大学でもサッカー部に入部しました。しかし、入部してすぐに大怪我をしてしまったのです。その影響で大学でのサッカーはほとんど棒に振ってしまいました。これまでサッカーが生活の中心だった私にとって、大学生活はつまらないものになってしまいました。それでも、私はサッカーが好きだったので、選手としてプレーできない分、各所でサッカーを教えることをするようになりました。

Q.新卒時はどのような進路に進まれたのでしょうか?

私が所属していた学部は体育の教員免許を取得できるところだったので、そこで教員免許を取得し、体育教師として採用されました。しかし、体育教師として仕事をスタートしてから、一つ大きな出来事がありまして、1年後には辞めました。

被災地支援で人生観が変わり、その後はサッカーの指導者へ

Semilarge rectangle 1455691463 %e7%b8%ae%e5%b0%8f5

Q.体育教師を辞めようと思うほどの出来事とは何でしょうか?

東日本大震災です。入学式前の3月11日に大震災が起きまして、いてもたってもいられなくなり2週間程の復興支援に向かいました。震災の直後だったので、本当に言葉で言い表せないほどの衝撃的な光景がそこにありました。そんな状況にも関わらず、家を流されてしまった人達が笑顔で「いつもありがとうね」と言ってくれるような経験をして、「笑顔」は人間の強い武器だなと実感することが出来ました。また、親が亡くなった子供達と接しているうちに、何かしてあげられないかなと思い、サッカーを教えることにしました。すると、これまで悲しい顔をしていた子供達が、ボール一つで楽しそうにサッカーをやり始めました。そして、遂には周囲の大人まで混じり始めて、皆でサッカーをやるようになりました。その様子を見た時に、自分の人生をこういった活動に捧げたいという使命感のようなものを覚えました。そして、サッカーの力がいかに凄いのかを実感しましたね。

Q.東京に戻った後は、どのような心境でどのような行動をとったのでしょうか

以上のような震災での経験を経てから東京に戻ると、スーツを着て出勤するということに大きな違和感を覚えるようになりました。そして、違和感を覚えながら1年間働き続けました。しかし、この生き方は自分らしくないと感じ、教師を辞める決断をしました。周囲の友人からは反対されましたが、それでも体育教師を続けるという選択はとれませんでした。それほど、私にとって震災での経験は人生観を変えるほどのものになったのです。

Q.教師という安定した仕事を辞めるのは勇気のいる判断だったと思います。

私にとっては、自分を貫いただけなのかなと思っています。私は過去の選手経験を通して、周囲から浮いてしまっても「自分」を貫いてきました。つまり、周囲や社会に合わせないことを自分なりに大切にしてきたつもりです。体育教師を選択した理由は特段の理由はなく、免許を取得し採用されたからというものです。そこに「自分」はなかったのかもしれませんね。そのタイミングで、震災にて「笑顔」「サッカーの指導」という素晴らしいものに出会い、改めて「自分」を見つけたのだと思います。だからこそ、東京に戻ってからは教師という安定した職業をやろうと思えなかったのだと思います。

Q.体育教師を辞めた後は、何をされたのでしょうか?

その後は、被災地支援の団体に所属し、何度か被災地に行きました。その他、フリースクールで子供達と関わり、その中でサッカーを教えるなども行っていました。その中で「考えるってなんだろう」という葛藤が生まれました。そこで日本全国の様々なサッカーの指導者と会うために足を運び、様々な考え方がある事を知りました。その時に、サッカーの指導者になることも考え始めたので、様々な考え方を持つ指導者を一通り見ようと思って、2~3年間は多くのチームをお手伝いしながら見させてもらいました。キッズ、ジュニア、ジュニアユース、ユース、トップまで全てのカテゴリーを隈なく見ました。そして、素晴らしい指導者の方々は共通して「自分」を大切に指導していることを知りました。そして何よりも彼らはサッカーを愛していました。

「笑顔」と「サッカー」を愛したクラブ運営

Semilarge rectangle 1455691463 %e7%b8%ae%e5%b0%8f4

Q.その経験を経て、どのようなことを考えるようになりました。

「勝ちより価値」という考え方を大切にするようになりました。仮に試合に勝ったとしても、そこに子供達にとっての「価値」が無ければあまり意味はないのかなと思います。もちろん、勝つことで次のステージに進むという意味では勝利も大切ですが、それを最上位に置くのは違うかなと思っています。私は街クラブの指導者ですから、街クラブでも試合に出られない子供を良く知っています。彼らは、街クラブで試合に出られないのであれば、どこで試合に出るのでしょうか?そんな彼らに、「勝ち」ではなくて「価値」を与えてあげたいなと思っています。

Q.「価値」とはどのようなものでしょうか?

「価値」とは「子供の存在価値」だと思っています。サッカーを通して「君はそのままで素晴らしい存在だよ」と感じてもらうこと。そのような居場所を作ってあげたいなと思っています。そのため、間違っても私がコーチをすることで子供が萎縮してしまうようなことは避けたいと考えています。むしろ、すみだサッカークラブで活動している時に、ありのままの姿を出せるようになってほしいです。

Q.すみだサッカークラブでのヘッドコーチになる経緯を教えてください

様々なチームをお手伝いして回った中に、すみだサッカークラブがありました。私が担当した学年は30人ほどいたので、AチームとBチームに分けて出場させています。他のチームの場合、Aチームに主力メンバーを据えるので、AチームとBチームの成績は大きく開いてしまうことが多いです。しかし、私が担当した学年は、AチームもBチームも同じくらいの上位成績を出すことができました。このような功績を評価してもらい、ヘッドコーチを任せて頂けるようになりました。今では、全学年を横断的に指導する立場になっています。

Q.今後、すみだサッカークラブをどのようなチームにしたいですか?

先ほどの存在価値の話に繋がりますが、子供達に居場所を提供できるようなチームにしたいですね。私の考えとして、子供達はサッカーが好きで楽しんでさえいてくれれば、練習には来てくれると思っています。すみだサッカークラブに行くのが楽しいから、ついつい来てしまうような場所にしたいですね。そして、選手それぞれの個性を伸ばしてあげることも、居場所を作ることになると考えています。サッカーが上手くなくてもコミュニケーションをとるのが得意なら、それを褒めてあげたいです。そうすることで、サッカーのプレーが苦手な子にも居場所が出来るのかなと考えています。チームでも「友情が戦術」なんて言ったりもしていますよ(笑)もちろん、チームを強化してどんどん上手い選手を集めたいという思いはあります。しかし、それは私だけが思っても駄目だと思います。選手自身がそのように思えるようになって、初めて意味があるのかなと思っています。ですから、選手自身が強くなりたい上手くなりたいと言い始めるようになった時に、結果は自然とついてくると思います。指導者が上の立場というスタンスではなく、選手・スタッフ・保護者が手を取り合い同じ方向を目指していきたいですね。

Q.個人とチームの目標を教えてください

まず個人としては、サッカーを通して「楽しさ」と「喜び」を伝えていけるような魅力ある指導者になりたいです。そして、川口竜太という一人の男の生き方を通して、笑顔を感染させられるような働きが出来たらいいなと思います。そして、すみだサッカークラブについては、地域に愛されるチームを目指したいです。選手が活き活きとしていなければ、どんなに大きな結果を残してもあまり意味はないと思っています。仮に結果が出なくても、選手達が活き活きとサッカーをやっていれば、いつかは地元の人が応援してくれようになるのかなと思っています。それこそ、地元のおばあちゃんがおにぎりを差し入れてくれるような雰囲気は理想ですね。指導者は選手を愛し、選手はサッカーを愛し、すみだサッカークラブは地域に愛される。そんな素敵なチームがあったらワクワクしませんか?こういった考え方の源泉は、やはり震災を通して人生観が変わったことが大きく影響していると思います。

★すみだサッカークラブ★の紹介ページへ

AUTHOR'S PROFILEコラム執筆者のプロフィール»記事一覧へ

Semimiddle rectangle 1448793143 %e3%83%ad%e3%82%b4%e9%95%b7%e6%96%b9%e5%bd%a2
  • マイボ運営事務局
  • それぞれの子供達に合った最適なクラブを提案すること、日本各地に点在する優秀な指導者を紹介すること、これらを目標にマイボ運営事務局はメディア運営していきます。

RECOMENDあなたにおすすめのコラム

  • Large square 1448785814 article s  14622758

    自分で考えるサッカーを追求する【FC千代田:中村圭伸監督】vol2

    本コーナーでは、現役のサッカー指導者にインタビューして、各指導者が持つ理念や独自のメソッドを紹介してもら...

    »続きを読む
  • Large square 1448785745 article news3

    8人制サッカー移行により生まれたメリット・デメリット

    少年少女サッカー選手の保護者であればご存知とは思いますが、2011年より全日本少年サッカー大会に8人制サ...

    »続きを読む
  • Large square 1448786435 article s  14622760

    自分で考えるサッカーを追求する【FC千代田:中村圭伸監督】vol1

    本コーナーでは、現役のサッカー指導者にインタビューして、各指導者が持つ理念や独自のメソッドを紹介してもら...

    »続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加